お》、潤沢《じゅんたく》な髪を島田に結うた具合、眼つきに人を引きつけるところ、首筋《くびすじ》から背へかけてすっきりした……どう見てもお浜です。
「おおお豊《とよ》さん、これに見えてか、えろうわたしは遅れましたわいな」
こう言いながらこの場へ駈け込むようにしたのは、旅の姿はしているがつやつやしい優男《やさおとこ》。
「真《しん》さん、わたしはひどい目に遭《あ》いましたわいな」
女は男の姿を見かけるとオロオロと泣きかけたので、
「お前は泣いている、まあ、どうしたものじゃいな」
男は近寄って女の背を撫《な》で、髪の毛までも掻き上げてやり、他《はた》の見る眼も親切にいたわります。
「悪い駕籠屋に難題をかけられて危ない目に遭うところを、これにおいでのお武家様に助けていただきました」
「おお悪い駕籠屋に……わしもそれを心配していた……これはまあ、いずれのお方様やら、御親切に」
若い男は竜之助の方に向き直り、倉卒《そうそつ》の場合ながら折屈《おりかが》みも至って丁寧であります。
この若い男の語るところによれば、男は京都の者で女は亀山、二人は親戚の間柄で、一緒に伊勢参宮をするとて、この宿で
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