ここに言わん方《かた》なき不安を感じはじめました。
 文之丞を亡き者にさせたのは誰の仕業《しわざ》であったろう、また兵馬をも同じ人の手で同じ運命に送らねばならぬとは――お浜は戦慄しました。その時、
「吉田氏、御在宅か」
 外から呼びかけた声。
「おお、その声は芹沢氏《せりざわうじ》」
 竜之助はくるりと起き上ります。客は新徴組の隊長芹沢鴨。

         二

 芹沢鴨と机竜之助とは一室で話を始めています。さほど広い家でもないから、次の間ではお浜が客をもてなす仕度《したく》の物音が聞える。お浜の方でも、二人の話し声がよく耳に入ります。
「時に吉田氏」
 芹沢の声が一段低くなって、
「昨夜のざまは、ありゃ何事じゃ」
「なんとも面目がない」
「土方《ひじかた》めも青菜に塩の有様で立帰り、近藤に話すと、近藤め、火のように怒り、今朝|未明《みめい》に島田の道場へ押しかけたが、やがて這々《ほうほう》の体《てい》で逃げ帰りおった」
「聞きしにまさる島田の手腕」
 ここにもまた机竜之助の吉田竜太郎が、しおれきっているので芹沢は安からず、
「このうえ島田を斬るものは貴殿のほかにない。是が非でも島
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