田を斬らねば新徴組の面目丸つぶれじゃ」
「しかし、本来を言えば島田にはなんの怨《うら》みもない、落度《おちど》はこっちにあるから自業自得《じごうじとく》じゃ」
「そうでない、我々同志が敵でもあり、公儀にとっても油断のならぬ島田虎之助、ぜひとも命を取らにゃならぬ」
低く話すつもりでも高くなりがちな芹沢の声音《こわね》。
次の間で仕度を済ましたお浜は、穏やかならぬ話の様子が心配なので、そっと郁太郎の傍に添寝《そいね》をしながら二人の話を立聞き――いや寝聞きです。
お浜はこうして次の間の話を盗聴《ぬすみぎき》していると、それから話し声は急に小さくなって聞き取れません。
お浜は近ごろ竜之助が、夜の帰りも遅くなり、時には酒に酔うて帰ることが多いので、それも心配の一つ。ことにいずれも一癖《ひとくせ》ありそうな浪人者とばかり往来することが、心がかりでなりません。いま来た客というのも浪人組の隊長株であるとやら。さいぜん話の通り故郷へ引込むことができれば、竜之助の心も落着いて、酒を飲むこと、気が荒くなることも止み、浪人者との往来も少なくなるであろう。
低い声で竜之助と芹沢とが話し合っているうち
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