「もし兵馬がお前様を仇《かたき》と覘《ねら》っていたら何となされます」
「仇呼ばわりをしたらば討たれてもやろう――次第によっては斬り捨ててもくれよう」
「それは不憫《ふびん》なこと、兵馬には罪がないものを」
お浜の本心をいえば、兵馬に憎らしいところは少しもない、兵馬にとっては自分は親切な姉であったし、自分にとっては兵馬は可愛ゆい弟です。その心持はどうしても取り去ることはできないのですから、まんいち兵馬が竜之助を覘《ねら》うようなことがあらば、竜之助のために返り討ちに遭《あ》うは知れたこと、そのことを想像すると、お浜は兵馬が不憫《ふびん》でたまらなくなります。
「拙者を仇と覘うものがありとすれば、それは兵馬一人じゃ。同流の門下などは拙者を憎みこそすれ、拙者に刃向うほどの大胆な奴はあるまいけれど、文之丞には肉親の弟なる兵馬というものがある以上は、子供なりとて枕を高うはされぬ」
仇を持つ身の心配を今更ここに打明けて、
「兵馬さえなくば、父に詫《わび》して故郷へ帰ることも……」
兵馬さえなくば……その言葉の下には、兵馬を探し出さば、亡《な》き者にせんとの考えがあればこそです。
お浜は
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