ざります」
「何だ、私の面に見覚えとは」
「へへ、何を隠しましょう、と大きく出るほどの者ではございませんが、実はあのころ山岡屋に丁稚奉公《でっちぼうこう》をしておりました」
「はあ、山岡屋の番頭さんか、それはお見外《みそ》れ申しました」
「ちょうど、旦那があのお松という子をつれて店前《みせさき》へおいでなすった時、お面をよく見覚えておきました」
「なるほど」
「なるほどだけでは張合いがございません。私もあのドサクサまぎれに店の金を少々持逃げ致しまして、ちっとばかり悪いことをやり、今ではこんな姿に落ちぶれました。旦那をお見かけ申したのは、ほかじゃあございません……」
「何だい」
「もとはと申せば、みんなお前様の蒔《ま》いた種といってもよいのでございますから、どうかいくらか恵んでやって下さいまし」
「お前さんも相当の悪《わる》になったね」
 七兵衛はジロリと紙屑買いの面を見ると、紙屑買いは嫌味《いやみ》な笑い方をして、
「その代り旦那、お前様がつれておいでなすったあのお松という女の子、あの子の行方《ゆくえ》を私がすっかり喋《しゃべ》ってしまいますよ」
「うむ、そうか、ともかくお前さんにこれ
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