を上げるから喋れるだけ喋ってごらん」
 七兵衛は懐中から取り出した財布《さいふ》をソックリ紙屑買いに手渡しする。
「どうもこりゃ恐れ入りやした。それでは旦那、これから私がその娘さんのいるところへ御案内をしてしまいましょう」
 それで二人が神楽坂《かぐらざか》のところまで来ると、紙屑買いは足が痛い痛いと言い出す。どうやらおれを蒔《ま》く気だなと悟った七兵衛は、わざと油断《ゆだん》をしていると、ふいと路地を切れて姿を隠す。先廻りをした七兵衛、
「おい大将」
 横の方から御膳駕《ごぜんかご》をつく。
「やあ――」
「何がやあだ」
「旦那は足が早い」
「お前さんも早い」
「御冗談《ごじょうだん》を」
「足の痛いのは癒《なお》ったかね」
「また痛み出してきました」
「そんなら今のように駈け出してごらん」
「もう御免《ごめん》です」
「いったい、わしをどこへつれて行きなさる」
「山岡屋のお内儀さんのところへ」
「山岡屋のおかみさんはどこにおいでなさる」
「新宿に」
「それじゃあ方角が違わあ」
「また出直しましょう」
「今度は屑屋さん先へおいで」
 二人はまた歩み出すと、西の空がポーッと赤くなります
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