た行燈の火はみるみる障子に移ります。これを踏み消しておいて竜之助、刀を取って同じく表の闇へ飛び下りる。
家の中も真の闇。その中では郁太郎が咽喉《のど》の裂けるばかりに泣いている。
お浜はどこへ行った。
闇とは言いながら、もう夜明けに間もない時ですから東の空は白《しら》み渡っていました。神明《しんめい》から浜松町へかけての通り、お浜の駈けて行く後ろ影。
増上寺三門の松林の前まで追いかけて、
「待て!」
お浜の襟髪《えりがみ》は竜之助の手に押えられて、同時にそこに引き倒されたのであります。
「放して下さい」
「浜、おのれは兵馬に裏切りをしたな」
「早く殺して下さい――」
殺したところで功名《こうみょう》にも手柄《てがら》にもならぬ。のぼりつめた時にも冷静になり得る竜之助、お浜の取乱した姿を睨《にら》んでいる。
「竜之助様、わたしを殺して、どうぞお前も殺されて下さい」
面《かお》と面とを合せれば、いくらか白み渡った空ですから、見てとることもできる通り、お浜はもう放せの助けろのと騒ぐ峠は越して、言葉にも相当の条理がある。
「わたしもお前様におとなしく殺されて上げますから、お前様
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