た香の煙が一直線に舞い上って、その末端がクルクルと廻って自分の面に吹きかけて来る。竜之助、その煙を払いながら太刀をつけて島田の周囲をグルグル廻っているうちに、眼が眩《くら》んで鼻血が出て、そこへ香の煙が濛々《もうもう》と捲《ま》いて来て息が詰まる。その時にヒヤリと自分の首筋に冷たいもの。
「やッ何者! 誰だ!」
 夢を破られた竜之助、パッと跳《は》ね起きてむずと押えたのは和《やわ》らかい人の手、その手首には氷のような白刃《しらは》が握られてありました。これは夢ではない、たしかに現実。
「やあ、浜ではないか」
 竜之助の上から乗りかかって、彼の首に短刀を当てたのは、現在の自分の妻の仕業《しわざ》でありました。
「何をする、気ちがいめ」
 竜之助は短刀を奪い取って身を起すと共に、はったと蹴倒《けたお》すと、お浜は向うの行燈《あんどん》に仰向《あおむ》けに倒れかかって、行燈が倒れると火皿《ひざら》は破《こわ》れてメラメラと紙に燃え移ります。
 蹴倒されたお浜は、むっくりと起き直るや、前に用意して明けておいたと見える表の戸から外の闇へ転《ころ》げ出してしまいました。
「憎い女!」
 お浜の倒し
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