こまで進んで来ました。
果し合いを明朝に控えて、ともかくも眠っていられるだけの余裕《よゆう》が竜之助にはあるのです。
衰えたりといえども剣を取っては人を眼中に置かぬ竜之助、僅かの間に一寝入りして気力を養っておこうと横になったけれども、この竜之介の気は疲れています。
夜な夜な魘《うな》されたり、歯を噛んだり、盗汗《ねあせ》をかいたりすることは、かの新坂下の闇討に島田虎之助の働きを見てからであります。寝ても起きても島田の面《かお》つき、立って行く姿、坐っている態度、それが竜之助の眼先にちらついて離れることがありません。
それがために頭が少しずつ混乱してゆくようで、今もこの僅かなる一寝入りにさえ、机竜之助の前には島田虎之助が衣紋《えもん》の折目正しく一※[#「火+主」、第3水準1−87−40]《いっちゅう》の香《こう》を焚《た》いて端坐しているところへ、自分は剣を抜いて後ろから覘《ねら》い寄る、刀を振りかぶると前を向いていた島田が忽然《こつぜん》とこっちへ向く、横に廻って突っかけようとすると、いつか島田はそっちを向いている、焦《いら》って躍《おど》りかかろうとすると、島田の前に焚かれ
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