しい手紙が三本。お浜はそっとその一つを手に取って見ると、それは宇津木兵馬からの果《はた》し状《じょう》でありました。
[#ここから1字下げ]
「武道の習にて果合致度、明朝七ツ時、赤羽橋辻まで……」
[#ここで字下げ終わり]
 お浜は読み去って宇津木兵馬と記された署名のところに来て、はじめて万事の合点《がてん》がいったのであります。
 殊勝《けなげ》なこと、こうも立派な果し状を人につけるようになったとは。自分の知ったのは十三四の可愛ゆい兵馬、それがまあ……それにしても、やっと十六か七、これまでには相当の修行も積んだことではあろうけれど、何というても竜之助の腕は豪《えら》いもの、刀を合せれば竜之助の酷《むご》い太刀先に命を落すは知れたこと。お浜は一途《いちず》に兵馬がかわいそうです。
「うーん」
 またしても魘《うな》される竜之助の声、兵馬を斬って血振《ちぶる》いをするのかとも想われる。
「兵馬どのが不憫《ふびん》じゃ」
 お浜の手がまたも懐剣へさわる。
 お浜は自分が死ぬ前に――竜之助を殺す――罪の二人が共死《ともじに》をすれば可愛らしい兵馬が助かる。お浜の決心は急速力で根強く、ついにこ
前へ 次へ
全87ページ中51ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング