無鉄砲な考えで胸も頭もいっぱいでした。
生きる執着《しゅうじゃく》が残っていたればこそ、いろいろと思い煩《わずら》ったものを、それが全く取れてしまえば、もう道は開けたので……その道は地獄よりほか行き場のない道ではあるけれども。
お浜は手早く懐剣を拾い取って、盗み物を隠すように懐中へ入れてみると、胸は山のくずれるような音をして轟《ひび》きましたけれども、お浜の面《かお》には一種の気味のよいような笑いがほのめいて、じっと眼を行燈《あんどん》の光につけたまま失神の体《てい》で坐っている。
「浜、浜はまだいるか」
これは竜之助が呼ぶ声。
「浜はおらぬか」
二度目に呼んだ時にお浜の耳に入りました。そのとき三度目の声。
「浜、浜」
竜之助の呼び声がこの時お浜にとって無茶苦茶にいやな感じを与えるのでありました。
お浜の返事がないので、竜之助は立ってこちらへ来るようでしたが、
「旅立ちのお仕度かな」
襖《ふすま》をあけるとそこへ突立ってこちらを見入っています。お浜はジロリとその面を見上げましたが、つんと横を向いて取合いません。
「浜、お前はどこへ行くつもりだ」
「存じません」
「まあよい
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