恨んだりして郁太郎の介抱に一日を暮らしましたが、直ぐ帰ると言った竜之助は、夕方になっても帰って来ないのです。
「ほんとうにどうしたことでしょう、あの人はあんまり情けない」
 お浜は繰返し繰返し竜之助の帰りの遅いことを恨んで、
「どうして現在自分の子にまで、こんなに情愛がないのでしょう」
 いったん悪縁に引かされて、お互いに切っても切れぬようになったればこそ、二人はともかくも無事にここまで暮したけれど、お浜にとっては竜之助の愛情がいつも不足に堪《た》えられなかったのです。お浜はじっさい竜之助から、もっと濃い情愛を濺《そそ》がれたかったはずなのに、それは存外|冷《ひや》やかで、時としてはお互いの心と心との間に鉄を挿《はさ》んだような隔てが出て来るように感じ、ついには竜之助の愛し方が足りないばかりでなく、二人の間に出来た子供に対してすら、その愛し方に不満足を感ずるのであります。
「郁太郎はおれの子ではない」
 竜之助はいつぞや腹立《はらだち》まぎれに、お浜に向ってこんなことを言ったことがある。それが今も怖《おそ》ろしい勢いでお浜の耳に反響して来るのでありました。
「あの人は、ほんとにこの子を
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