《ようだい》が思わしくないから、お浜が引続き郁太郎を介抱《かいほう》している間に、竜之助は一室に閉籠《とじこも》ったまま咳《せき》一つしないでいるから、
「あの人は、どうしてああも気が強いのかしら」
お浜は竜之助が、我が子の大病をよそに、何をしているだろうと、怨めしそうに独言《ひとりごと》をしてみたりしているうちに、竜之助がついと室を出て来ました。
見れば刀を提《さ》げていますから、
「どこへおいでなさる」
「ちょっと芹沢《せりざわ》まで」
「急の御用でなければ、坊やもこんな怪我《けが》なのですから宅にいて下さい」
「急の用事じゃ、直ぐ帰る」
「早く帰って下さい、そうでないと心細いのですから」
「うむ」
出て行く竜之助の後ろ影を見送りながら、
「あの人は、情愛というものを知ってかしら」
何とはなしに、竜之助と添うてからのことが胸に浮んで来ました。愚痴《ぐち》は昔に返るのみで、文之丞との平和な暮しに自分が満足しなかったことの報いを今ここに見るとは思い知っても、まだまだ自分が悪い、自分だけが悪いのだとは諦《あきら》め切れないのです。
こんなふうに、お浜は人を恨《うら》んだり自分を
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