郎を、そっと移して竜之助に渡すと、竜之助は抱き上げて、つくづくと郁太郎の面から昨夜の創《きず》を繃帯したあたりなどを見て、今更のように、
「まあ、無事に育つがよい」
「無事に育たなくてどうするものかねえ、坊や」
「親はなくても子は育つというからな」
「両親とも立派にあるものを、縁起《えんぎ》でもない」
 お浜はやや不足顔。竜之助は思い出したように、
「浜、わしも近々京都の方へ行こうと思う」
「京都の方へ?」
 お浜は意外な面《かお》。
「京都へは諸国の浪人者が集まり乱暴を致す故、その警護のためにとて腕利《うでき》きの連中が乗り込んで行く、わしもそれに頼まれて」
「まあ、それはいつのこと」
「近いうち、或いは足もとから鳥の立つように」
「そうして、坊やとわたしは?」
「やはり、こっちに留守《るす》しておれ」
「いいえ、それはいけませぬ」
 竜之助が不意に京都へ行くと言い出したので、お浜は驚いて、力を極《きわ》めてそれに故障を申し入れる。
「それでは、もう一度考えてみよう」
 こう言って竜之助は、やっとお浜を安心させて、自分は次の間へ引込んでしまいました。
 大した創《きず》ではないが容体
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