を押しあけて外を見ました。
夜の空気がさやさやと面に当るのでお浜はホッと息をついて、また郁太郎を抱き上げて、窓のところへ立ちながら、
「ほんとに、どうしたのでしょうお医者様は……」
郁太郎は泣きじゃくってピクリピクリと身体《からだ》を動かすばかり。やはり眼を見開いて、母親の面を睨んでいます。
ちょうど有明《ありあけ》の月がこの窓からは蔭になりますけれども、月の光は江川の本邸の内の土蔵の棟《むね》に浴びかかって、その反射で見た我が子の面が、この世の人のようには見えなかったので、
「坊や、みんな母さんが悪かったのだよ」
こう言って涙をハラハラと郁太郎の面に落しました。
医者も竜之助もまだ来る様子はないのに、お浜はしかと郁太郎を抱えたなり、その窓際《まどぎわ》に立ちつくしているのでありました。
九
昨夜の騒ぎで机竜之助は少し寝過ごしていると、
「あなた、あなた」
枕許《まくらもと》を揺り動かすのはお浜の声。
頭を上げて見ると、日はカンカンとして障子にうつる老梅の影。
「こんなお手紙が」
「ナニ、手紙が……」
竜之助、何心なく受取って見ると意外にも逆封《
前へ
次へ
全87ページ中40ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング