と》へ落ちました。お浜は驚いて枕を上げて打とうとすると、度を失うた鼠は、お浜の乳房と、ちょうど抱いて寝ていた郁太郎の面《かお》の間へ飛びかかったのであります。
「あれ!」
お浜は狼狽《ろうばい》して払いのけようとする。いよいよ度を失うた鼠は、お浜の腹の方へ飛び込みました。
「あれあれ」
お浜は寝床からはね起きます。その途端《とたん》に鼠はポンと郁太郎の面の上へ落ちかかると、郁太郎は火のつくように泣き出します。
「おお、坊や、坊や」
お浜は急いで郁太郎を抱き起す。鼠はその間に襖《ふすま》を伝わって天井の隅《すみ》の壁のくずれの穴へ入ってしまいましたが、郁太郎の泣き声は五臓から絞《しぼ》り出すようです。
「おお、よいよい、鼠は行ってしまった」
お浜は抱きすかして乳房を含めようとすると、その乳房の背に一痕《いっこん》の血。
「あなた、お起きあそばせ、大変でございます」
お浜は片手には泣き叫ぶ郁太郎を抱《かか》えて、片手を伸べて無二無三《むにむさん》に竜之助を突き起します。
「何事だ」
眼をさました竜之助。郁太郎の泣き声にも驚かされたが、自分の身体《からだ》の手の触るるところが、水
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