く眼を醒《さま》して「それ見ろ」と叱《しか》ります。
竜之助は夜中になると、きっと魘《うな》されます。
お浜はいま夫の魘される声に夢を破られて、夫の寝相《ねぞう》を見ると何とも言えず物すごいのであります。凄《すさま》じい唸《うな》りと歯を噛《か》む音、夜《よ》更《ふ》けての中に悪魔の笑うようにも聞えます。お浜はぞくぞくと寒気《さむけ》がして、郁太郎を乳の傍へひたと抱き寄せて、夜具をかぶろうとして、ふと仏壇の方を見ました。竜之助夫婦は仏壇などを持たないのですから、これは前に住んだ人がこしらえ残しておいたものです。奥には阿弥陀《あみだ》様か何かが煤《すす》けた表装のままで蜘蛛《くも》の巣に包まれてござるほどのところで、別にお浜の思い出になるものがこの仏壇の中にあるはずもないのですが、このとき仏壇がガタガタと鳴っています。それとても不思議はない、鼠が中で荒《あば》れ廻っているからです。
それでもあまりにその音が仰山《ぎょうさん》なので、お浜は、
「しっ!」
嚇《おどか》してみました。
それで鼠の音はハタと止まるには止まったが、やがてバタバタと飛び出した大鼠、お浜の直ぐ枕許《まくらも
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