を残して尺八が行ってしまったあとで、竜之助は再びこの歌をうたってみました。
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しおの山
さしでの磯に
すむ千鳥……
[#ここで字下げ終わり]
 そこへ銚子《ちょうし》を持って来たお浜が、
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君が御代をば八千代とぞ鳴く
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と立ちながらつづけて莞爾《にっこ》と笑いましたので、竜之助は、
「よく知っている――」
「故郷のことですものを」
「故郷とは?」
「しおの山とは塩山《えんざん》のこと、差出《さしで》の磯はわたしの故郷八幡村から日下部《くさかべ》へかかる笛吹川の岸にありまする」
「ああ左様《さよう》であったか……」
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しおの山、さしでの磯に……
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 竜之助は無意識に歌い返してみました。
「ここにいて笛を聞くのは風流でござんすが、この寒空に外を流して歩くお人は、さぞつらいことでしょう」
 お浜も、炬燵に、つめたくなった手を差し入れて、
「それも若い者ならばともかくも、今の虚無僧《こむそう》のように年をとった身では」
「とかく風流は寒いものじゃ――」
 竜之助は起き直り、お浜の与
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