まだありましょう」
「こう降りこめられては所在がない、また酒でも飲んで昔話の蒸し返しでもやろうかな」
「それが御無事でござんしょう」
お浜は寝入った郁太郎を、傍《かたえ》にあった座蒲団《ざぶとん》を引き寄せてその上にそっと抱きおろし、炬燵の蒲団の裾《すそ》をかぶせて立とうとすると、表道《おもて》で爽《さわ》やかな尺八の音がします。
「ああ尺八……」
竜之助もお浜も、にわかに起《おこ》ってそうしてこのしんみりした雪の日、人の心を吸い入れるような尺八の音色《ねいろ》に引かれて静かにしていると、その尺八は我が家のすぐ窓下に来て、冴《さ》え冴《ざ》えした音色をほしいままにして、いよいよ人の心を嗾《そそ》るようです。
「よい音色じゃ、合力《ごうりき》をしてやれ」
お浜が鳥目《ちょうもく》を包んで出すと、外では尺八の音色がいよいよさやかに聞えます。
お浜は台所に行っている間、竜之助は寝ころんだままで、その尺八を聞いています。
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しおの山
さしでの磯《いそ》に
すむ千鳥《ちどり》
君が御代《みよ》をば
八千代《やちよ》とぞ鳴く
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余音《よいん》
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