っぱらったって商売に抜目《ぬけめ》はねえ、早く十八文おいて帰れ」
「それじゃ済まねえ」
「てめえは馬鹿だな、本人の俺が十八文でいいというのだから、十八文おいて帰ったらいいじゃねえか」
「それは先生が馬鹿だ、半月も診《み》てもらったり薬を飲ましてもらったりして、そのおかげさまで病人がすっかり癒《なお》って、そうしてお礼が十八文で帰れるか、よく考えてごらんなさい」
「馬鹿野郎、手前は十八文おいて帰ればいいのだ」
「でもね先生、そんなに怒らずにお聞きなすって下さいよ、わしが家へ帰って、道庵先生に薬礼をいくら差上げて来たと聞かれた時にね、十八文おいて来ましたとは言えなかんべえ」
「うるさい野郎だな、十八文おいてさっさと帰れ!」
「それじゃ先生、一両おいて行くべえ」
「何だ一両だ? てめえ一両なんという金をどこから盗んで来た!」
「盗んで来たあと? この野郎、先生野郎」
 与八はムキになって怒り出しました。
「俺《おら》、人の物を塵《ちり》一本でも盗んだ覚えはねえ、飛んでもねえことを言わねえ方がよかんべえ」
「盗んだに違えねえ」
 道庵先生が首を振ると、与八はいよいよ怒り出し、
「ほかのこととは
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