いりよう》にしたいと思います」
「そうか」

 与八はお松から頼まれて、御成街道の小田原屋という武具刀剣商の店へ行ってその短刀を見せると、物言わず三十両に価《ね》をつけられました。たかだか二両か三両と思っていたのに、三十両とつけられて与八は暫らく返答ができないでいると、番頭は畳みかけて、三十三両と糶《せ》り上げ、与八に口を開かせないで、その金を押しつけるようにして短刀と引換えてしまいました。
 与八はその金を懐《ふところ》にして佐久間町の裏店《うらだな》へ帰って来て、
「みどりさん、いま帰った」
「おお与八さん、御苦労でした」
 見れば、みどりは、いつのまにか髪を島田に取り上げて、燈火《あかり》の影にこちらを見せた風情《ふぜい》は、今まで永く患《わずら》っていたのとうつり変って、与八の眼をさえ驚かすくらいの美しさに見えました。
「思いのほかいい値《ね》に売れました、この通り三十三両」
「まあ、あの短刀がそんなに」
「あんな短けえもので三十両もするだから、よっぽどいい品に違えねえ」
「それでは与八さん、御苦労ついでに道庵先生まで行ってお礼をして来て下さいな」
「ああいいとも」
「御飯《ご
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