前様《めいさま》、心得違えをしてはなんねえ!」
後ろから飛びついてお松の両手を抱きすくめたのは、薬取りから帰った与八です。
「飛んでもねえこんだ、刃物《はもの》なんぞを持って」
「与八さん、勘違いをしてはいけません、ただこうしてながめていたばかりよ」
お松は、与八の驚き方があまりに大仰《おおぎょう》なのでおかしくなったのですが、与八はまた、お松が永《なが》の病気から身の上を悲観して自害でもするつもりと勘違いをしているので、お松の手から短刀をもぎ取って、
「危ねえ、こりゃ俺《おら》が預かる」
与八は鞘を拾って納めて包み直すと、お松は微笑して、
「ああ、それではお前さんに預けておきましょう……それよりは、いっそのこと」
お松はこの時ふと、売ってしまおうかという気になって、
「そんなものを持っていると危ないから、いっそ売り払ってしまいましょう、与八さん、御苦労ですが刀屋さんに見せて来てちょうだい」
「お前様これをお売りなさるのか」
「売ってしまいましょう」
「それでも大切の品だんべえ」
「大切といえば大切だけれど、与八さん、さしあたりそれを売って、お医者様のお礼やら、これからの入用《
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