をして上げたのと、それから道庵先生のおかげだよ」
「はい」
「それから今日はお前、天神様の御縁日《ごえんにち》だからお礼詣《れいまい》りに上らなくては済みませんよ」
「はい」
「近い所だけれども、まだ無理をするといけないから駕籠《かご》をそいって上げるよ」
「いいえ駕籠には及びません、歩いて参りませぬと信心になりますまいから」
「そんなことがあるものかね、歩いて行こうと駕籠で行こうと信心ごころさえ確《たし》かならねえ……それはそうとお前」
 お滝の言葉が改まる時は、そのあとに来るのはいつも金のことですからお松はヒヤリとすると、案《あん》の定《じょう》、
「道庵先生への薬礼《やくれい》はどうなさるつもりだえ」
「伯母さま、実を申し上げれば、今のところ……」
「もうお金は無いのかい」
「ええ……」
 面《かお》を赧《あか》らめていると伯母は、
「わたしの方でも、お前にだいぶ借金がありますが、今々というわけにもいかず、困ったねえ」
 困った面をして、
「道庵先生はああいう変人だから、少しぐらい延びたって何とも思いなさりゃしますまいが、それならそのように、なおさら早くお礼をしないと。それにお前
前へ 次へ
全87ページ中24ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング