た男が、ひょっとこ[#「ひょっとこ」に傍点]の面をかぶって来たから兵馬も笑い出して、それを避ける途端《とたん》に道庵はころころと往来へ転がってしまいました。
「やあ、先生が倒れやがった、起せ起せ」
 子供らは寄ってたかって道庵を起し、
「お家へ担《かつ》いで行こう、わっしょ、わっしょ」
 この騒ぎで宇津木兵馬は机竜之助の姿を見失って、その日はそれで帰りました。

         五

 お松の病気も大分よくなりました。よくなったとは言うものの、半月あまりも寝たことですから、その間の与八の骨折りというものは大したものでありました。
 伯母のお滝は例の如く空《から》お世辞《せじ》を言っては金を借りて行き、その金を亭主の小遣銭《こづかいせん》にやったり自分らの口へ奢《おご》ったりしてしまったので、お松の病気の癒《なお》った時分には、持っていた金はほとんど借りられてしまったのです。
 お松は蒲団《ふとん》の上へ起き上って乱れ髪を掻《か》きあげていますと、お滝がまたやって来て、
「お前、ようやく癒ってよかったねえ」
「はい、おかげさまで」
「これというのも、わたしが湯島の天神様へ願《がん》がけ
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