馬は胸にこう考えながら、
「あのくらいに出来る人なれば相当に名ある者に相違あるまい。はて、あの時は何と名乗った……おおそれ、吉田なにがしというたが……吉田なにがしと申す剣客はあまり聞かぬ……仮名《けみょう》ではあるまいか」
兵馬はうつらうつらと歩みつつ、
「見受けるところ、浪人のようにもあるし……」
こう考えてきて、何やら穏やかならぬ雲行きが兵馬の胸の中に起り出し、
「待て――机竜之助が得意の手に音無しの構えというのがあると――あの吉田なにがしの手は――あれは音無しの構えではあるまいかしら。音無し、むむ、そう思えばいよいよ思い当る。あの年頃は三十三四、竜之助、竜之助……あれが兄のかたき机竜之助ではあるまいか」
兵馬の心を貫《つらぬ》く暗示。なんらの証拠《しょうこ》があるわけではないが、こう思い来《きた》ると、今すれ違ったのがどうも竜之助らしい。兵馬は踵《きびす》を廻して黒門の方へ取って返そうとすると、
「わーッ」
また横合いから飛び出して兵馬の前に倒れたのは、かの道庵先生です。
「やあ失礼失礼」
そのあとをつづいた子供らが、
「おじさん、面《めん》をおくれよう」
いい年をし
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