とけば一人で帰るよ」
「やーい子供、踊れ踊れ、踊りの上手な奴にこの面こをやるぞ、そら、こんなふうに踊れ」
 面をかぶったまま章魚《たこ》のような恰好《かっこう》をして踊り出したので、往来に見ていたものが一度に吹き出します。竜之助はそれをしお[#「しお」に傍点]に振り切って新黒門の方へ行く。

 竜之助が新黒門を広小路の方へ廻ろうとする時分に、すれちがった人があります。竜之助の方では気がつかなかったが、先方ではふいと歩みをとどめて、二三間行き過ぎた竜之助の姿を見送っている。それは宇津木兵馬でした。
 兵馬は竜之助に会って、「ハテ見たような人」と思います。しかし急に思い出せなかったので、空《むな》しく見送ったばかりでなお思い出そうとつとめたが、一町ほど隔たった後、
「あ、それそれ、いつぞや島田先生の道場で試合をした人」
とようやく考えついて、
「たしか江川太郎左衛門配下というたが……妙な剣術ぶりであった」
 あの時の試合、例の竜之助が音無しの構えの不思議であったことを兵馬は思い返して、
「先の勝ちで籠手《こて》を取られた、いかにも凄い太刀先に見えた、もう一度あの人と立合をしてみたい」
 兵
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