「お起きなさい」
 竜之助は苦笑《にがわら》いしながら医者の手を取って起してやると、
「失礼失礼」
 骨なしのようにグデングデンで、面をかぶったままでお辞儀をするのが、いかにもおかしい。それと見た近所の子供連中がワヤワヤと寄って来て、
「やあ、道庵先生がひょっとこ面をかぶってらあ、おかしいなあ」
「先生、その面をあたいにおくれよう」
「おじさん、あたいにおくれよう」
 医者の周囲《まわり》を取巻くと、
「面《めん》こは一つしかないぞ、お前らみんなに分けてやれない」
「それではおじさん、じゃんけんをして勝ったものにおくれよう」
「じゃんけんでも何でもやれやれ、わーっ」
 また竜之助の前へ倒れかかろうとする、竜之助はまた支える。
「やあ、失礼失礼」
 往来の人は歩みを止めて集まって来る。竜之助は厄介《やっかい》な者につかまったと当惑し、
「これ子供たちや、このおじさんはどこの人じゃ」
「これは道庵先生というて、長者町のお医者さんじゃ」
「このように酔うては難儀じゃ、誰か邸まで沙汰《さた》をしてくれ」
「ナニおじさん、大丈夫だよ、この先生はいつでも酔払《よっぱら》ってるんだから放《ほう》っ
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