すと、ちょうど馬場の隅《すみ》のところに屋台店を出しているものがあります。これを幸いに与八はみどりの手を引いて、屋台店の暖簾《のれん》をかぶると、
「いらっしゃいまし、ずいぶんお寒うございます、この分ではまだ雪も降りそうで……」
 お世辞《せじ》を言う中婆《ちゅうばあ》さん。まだどこやらに水々しいところもあって、まんざら裏店《うらだな》のかみさんとも見えないようでした。
「みどりさん、天ぷらを食わねえか」
「与八さん、お前がよければ何でも」
「それでは天ぷらを二人前《ににんまえ》」
 暫くして、
「お待ち遠さま」
 行燈《あんどん》の光で器《うつわ》を出す途端に、面《かお》と面とを見合せた屋台店のおかみさんとみどり。
「おお、あなたは伯母《おば》さん」
 みどりのお松は我を忘れて呼びかけました。
「まあ、お前はお松ではないか」
 屋台店の主婦も呆《あき》れてこう言いました。
「伯母さん、どうしてこんな所に……」
「お前にこんなところを見られて、わたしは恥かしい」
 きまりの悪そうなのも道理、この屋台店の主婦というのが、本郷の山岡屋の内儀《ないぎ》のお滝が成《な》れの果《はて》でありまし
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