た。
「伯母さん、ほんとに御無沙汰《ごぶさた》をいたしましたが、皆様お変りもござりませぬか」
「変りのないどころじゃない。それにしても、お前もまあよく無事でいてくれたねえ」
「わたしも伯母さんのところからお暇乞《いとまご》いをしてあと、いろいろな目に遭《あ》いました」
「あの時はお前、わたしが留守《るす》だものだからつい……」
 お滝も、あの時の無情な仕打《しうち》を考え出しては多少良心に愧《は》じないわけにはゆかないから、言葉を濁《にご》して、
「まあ、なんにしても珍しいところで会いました、お前、お急ぎでなければ、わたしの家へ来てくれないか、ついそこの佐久間町にいるんだから」
 こう言われてみると、是非善悪にかかわらず、この場合お松にとっては渡りに船です。
「わたしも伯母さんに御相談していただきたいことがありますから、お差支《さしつか》えなければ、お邪魔《じゃま》にあがりましょう。ねえ与八さん、この方はわたしの伯母さんなの」
「そうでしたかえ、今晩は」
 さきほどから二人の有様をながめて怪訝《けげん》な面《かお》をして箸《はし》を取落していた与八、引合わされて取って附けたような挨拶《
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