が変人なんだよ。それから、いつでも酔っぱらっている先生だからそのつもりで」
お滝は喋《しゃべ》りつづけて、いわゆる道庵先生のところへ与八を出してやったあとで、またそろそろとお松の枕許に寄り、
「お前ほんとに済みませんがね、今月の無尽《むじん》の掛金に困っているものだから……」
お松の持っていた金は、もうこの気味の悪い伯母に見込まれてしまったのです。
四
どこへ行くのか知らん、机竜之助は七ツさがりの陽《ひ》を背に浴びて、神田の御成街道《おなりかいどう》を上野の方へと歩いて行きます。小笠原|左京太夫《さきょうだゆう》の邸の角まで来ると、
「わーっ」
いきなり横合いから飛び出して竜之助の前にガバと倒れたものがあります。竜之助も驚いて見ると、慈姑《くわい》のような頭をした医者が一人、泥のように酔うて、
「やあ失礼失礼」
起きようとするが腰に力が入らないおかしさ。やっとのことで起きて面《かお》を上げると、竜之助も吹き出さずにはおられなかったのは、いい年をしたお医者さんが潮吹《ひょっとこ》の面《めん》をかぶって、その突き出した口をヒョイと竜之助の方に向けたからです。
「お起きなさい」
竜之助は苦笑《にがわら》いしながら医者の手を取って起してやると、
「失礼失礼」
骨なしのようにグデングデンで、面をかぶったままでお辞儀をするのが、いかにもおかしい。それと見た近所の子供連中がワヤワヤと寄って来て、
「やあ、道庵先生がひょっとこ面をかぶってらあ、おかしいなあ」
「先生、その面をあたいにおくれよう」
「おじさん、あたいにおくれよう」
医者の周囲《まわり》を取巻くと、
「面《めん》こは一つしかないぞ、お前らみんなに分けてやれない」
「それではおじさん、じゃんけんをして勝ったものにおくれよう」
「じゃんけんでも何でもやれやれ、わーっ」
また竜之助の前へ倒れかかろうとする、竜之助はまた支える。
「やあ、失礼失礼」
往来の人は歩みを止めて集まって来る。竜之助は厄介《やっかい》な者につかまったと当惑し、
「これ子供たちや、このおじさんはどこの人じゃ」
「これは道庵先生というて、長者町のお医者さんじゃ」
「このように酔うては難儀じゃ、誰か邸まで沙汰《さた》をしてくれ」
「ナニおじさん、大丈夫だよ、この先生はいつでも酔払《よっぱら》ってるんだから放《ほう》っ
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