いぜんの武士のやった通りに――その木の枝で少女の背中をなぐりつけました。
我を忘れて泣き伏していた少女は、この不意の一撃で、
「あれ――」
と飛びのいたが、気丈《きじょう》な子でした、すぐにあり合わす木の枝を拾い取って振り上げると、猿どもは眼を剥《む》き出し白い歯を突き出してキャッキャッと叫びながら、少女に飛びかかろうとして、物凄《ものすご》い光景になりましたが、折よくそこへ通りかかった旅の人があります。
年配は四十ぐらいで、菅笠《すげがさ》をかぶって竪縞《たてじま》の風合羽《かざがっぱ》を着、道中差《どうちゅうざし》を一本さしておりましたが、手に持っていた松明《たいまつ》の火を振り廻すと、今まで驕《おご》っていた猿どもが、急に飛び散らかって、我れ勝ちにもとの栗の大木へと馳《は》せ上ります。
旅に慣れた証拠は、この旅人の持っている松明でわかります。大菩薩を通るものは獣類を逐《お》うべく、松の木のヒデというところでこしらえた松明を用意します。獣類のなかでも猿はことに火を怖《おそ》れるものであります。右の旅人はその松明を消しもせず、
「姉《ねえ》さん、怪我《けが》はなかったかね」
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