に流るる清水を汲もうとて山路《やまじ》をかけ下ります。
 老人は空《むな》しくそのあとを見送って、ぼんやりしていると、不意に背後《うしろ》から人の足音が起ります。
「老爺《おやじ》」
 それはさいぜんの武士でありました。
「はい」
 老爺は、あわただしく居ずまいを直して挨拶《あいさつ》をしようとする時、かの武士は前後を見廻して、
「ここへ出ろ」
 編笠も取らず、用事をも言わず、小手招《こてまね》きするので、巡礼の老爺は怖る怖る、
「はい、何ぞ御用でござりまするか」
 小腰《こごし》をかがめて進み寄ると、
「あっちへ向け」
 この声もろともに、パッと血煙が立つと見れば、なんという無残《むざん》なことでしょう、あっという間もなく、胴体《どうたい》全く二つになって青草の上にのめ[#「のめ」に傍点]ってしまいました。

         三

「お爺《じい》さん、水を汲んで来てよ」
 瓢箪を捧げた少女は、いそいそとかけて来たが、老人の姿の見えぬのを少しばかり不思議がって、
「お爺さんはどこへ行ったろう」
 お堂の裏の方へでも行ったのかしらと、来て見ると、
「あれ――」
 瓢《ふくべ》を投げ出し
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