の女の子――今「お爺さん」と呼んだのは、この女の子の声でありました。
右の二人づれの巡礼の姿を認めると、何と思うてか武士は、つと妙見堂のうしろに身をかくします。木の上では従前の猿が眼を円くする。
「やれやれ頂上へ着いたわい、おお、ここにお堂がござる」
年寄の方の巡礼は社の前へ進んで笠の紐を解いて跪《かしこ》まると、
「お爺さん、ここが頂上かい」
面立《おもだち》の愛らしい、元気もなかなかよい子でありました。
「これからは下り一方で、日の暮までに河内泊《かわちどま》りは楽なものだ、それから三日目の今頃は、三年ぶりでお江戸の土が踏める――さあお弁当をたべましょう」
老爺《ろうや》は行李《こうり》を開いて竹の皮包を取り出すと、女の子は、
「お爺さん、その瓢箪《ひょうたん》をお貸しなさい、さっきこの下で水音がしましたから、それを汲《く》んでまいりましょう」
「おおそうだ、途中で飲んでしまったげな。お爺さんが汲んで来ましょう、お前はここで休んでおいで」
腰なる瓢箪を抜き取ると、
「いいのよ、お爺さん、あたしが汲んで来るから」
女の子は、老人の手から瓢《ふくべ》を取って、ついこの下の沢
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