があります。人の弱味《よわみ》を見るに上手《じょうず》なこの群集動物は、相手を見くびると脅迫《きょうはく》する、敵《かな》わない時は味方《みかた》を呼ぶ、味方はこの山々谷々から呼応して来るのですから、初めて通る人は全くおどかされてしまいます。が、旅に慣《な》れた人は、その虚勢を知って自《おのずか》らそれに処するの道があるのであります。
右の武士は、慣れた人と見えて、一目《ひとめ》猿を睨《にら》みつけると、猿は怖れをなして、なお高い所から、しきりに擬勢《ぎせい》を示すのを、取合わず峠の前後を見廻して人待ち顔です。
さりとて容易に人の来るべき路ではないのに、誰を待つのであろう、こうして小半時《こはんとき》もたつと、木の葉の繁みを洩《も》れて、かすかに人の声がします。その声を聞きつけると、武士はズカズカと萩原街道の方へ進んで、松の木立から身を斜めにして見おろすと、羊腸《ようちょう》たる坂路のうねりを今しも登って来る人影は、たしかに巡礼の二人づれであります。
「お爺《じい》さん――」
よく澄んだ子供の声がします。見れば一人は年寄《としより》で半町ほど先に、それと後《おく》れて十二三ぐらい
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