は千人からあって、腕前は甲源一刀流の第一で、どうしてこうしてと、それが何のざま、さんざん腹を立てても、やっぱり帰するところは我が夫の意気地のないということに帰着して、どうしても夫をさげすむ心が起ってきます。夫をさげすむと、どうしてもまた憎いものの竜之助の男ぶりが上ってきます。妻として夫を侮《あなど》る心の起ったほど不幸なことはない。
もしも自分が強い方の人であったならば、どのくらい気強く、肩身も広かろう。武術の勝負と女の操。竜之助のかけた謎《なぞ》が頑《がん》として今も耳の端で鳴りはためくのです。
邸で会った竜之助と、水車小屋の竜之助。その水車小屋では、穀物をはかる斗桶《とおけ》に腰をかけていた竜之助。神棚の上には蜘蛛《くも》の巣に糠《ぬか》のくっついた間からお燈明《とうみょう》がボンヤリ光っていた、気がついた時は自分は縛られていた、上からじっと見据《みす》えた竜之助。
冷やかな面《かお》の色、白い光の眼、人の苦しむのを見て心地《ここち》よさそうに、
「試合の勝負と女の操」
と言って板の間を踏み鳴らした。
それから、その時の竜之助の姿が眼の前にちらついて、憎い憎い念《おもい》が
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