それやこれやの評判に聞き惚れたのが、ここへ来た最も有力なる縁の一つであったが、実際の腕は文之丞がとうてい竜之助の敵でないことを玄人《くろうと》のなかの評判に聞いて、お浜の気象《きしょう》では納まり切れずにいたところを、このたび御岳山上の試合の組合せとなってみると、文之丞の悲観歎息ははたの見る目も歯痒《はがゆ》いのであります。お浜は焦《じ》れてたまりませんでしたが、それでも良人の危急を見過ごしができないで、われから狂言を組んで机竜之助に妥協の申入れに行ったのが前申す如き順序であります。
その晩、お浜は口惜《くや》しくて口惜しくて、寝ても寝つかれません。
憎い憎い竜之助、歯痒《はがゆ》い歯痒い我が夫、この二つが一緒になって、頭の中は無茶苦茶に乱れます。竜之助と文之丞とは、お浜の頭の中で卍《まんじ》となり巴《ともえ》となって入り乱れておりますが、ここでもやはり勝目《かちめ》は竜之助にあって、憎い憎いと思いつつも、その憎さは勝ち誇った男らしい憎さで、その憎さが強くなるほど我が夫の意気地のなさが浮いて出て、お浜のような気の勝った女にはたまらない業腹《ごうはら》です。
縁を結ぶ前には、門弟
前へ
次へ
全146ページ中28ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング