邸の中へ入って調べて見ると、この時の盗難が金子《きんす》三百両と秘蔵の藤四郎《とうしろう》一|口《ふり》。
「届けるには及ばぬ、このことを世間へ披露《ひろう》するな」
 なにゆえか竜之助は家の者に口留めをします。

         八

 宇津木文之丞が妹と称して沢井の道場へ出向いたお浜は、実は妹ではなく、甲州|八幡《やわた》村のさる家柄の娘で、文之丞が内縁の妻であることは道場の人々があらかじめ察しの通りであります。
 お浜は才気の勝った女で、八幡村にある時は、家のことは自分が切って廻し、村のことにも口を出し、お嬢様お嬢様と立てられていたその癖があって、宇津木へ縁づいてまだ表向きでないうちから、モウこんな策略を以て良人《おっと》の急を救わんと試みたわけです。
 宇津木の家は代々の千人同心で、山林|田畑《でんぱた》の産も相当あって、その上に、川を隔てて沢井の道場と双《なら》び立つほどの剣術の道場を開いております。
 竜之助の剣術ぶりは、形《かた》の如く悪辣《あくらつ》で、文之丞が門弟への扱いぶりは柔《やわら》かい、その世間体《せけんてい》の評判は、竜之助よりずっとよろしい。お浜も
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