与八がそんなに不平を言わないのは、小屋へ帰れば麦の飯と焼餅とを腹いっぱい食い得る自信を持っているからであるが、ずるい奴が、米の飯を食わせる食わせるといってさんざん与八の力を借りた上、米の飯を食わせずに済《す》まそうとする、二度三度|重《かさ》なると与八は怒って、もう頼みに行っても出て来ない、その時は前祝いに米の飯を食わせると、前のことは忘れてよく力を貸します。
与八が村へ出るのをいやがるのは、前申す通り子供らがヨッパだの拾いっ子だの言って、与八が通るのを見かけていじめるからです。それで水車小屋の中にのみ引込んでいるが、感心なことには、毎朝欠かさず主人弾正の御機嫌伺《ごきげんうかが》いに行きます。
「大先生《おおせんせい》の御機嫌はいいのかい」
女中や雇男《やといおとこ》が、
「ああ好いよ」
と答えると、にっこり[#「にっこり」に傍点]して帰ってしまう。竜之助の父弾正は老年の上、中気《ちゅうき》をわずらって永らく床に就いています。
竜之助から脅迫《きょうはく》されて与八が出て行くと、まもなく万年橋の上から提灯《ちょうちん》が一つ、巴《ともえ》のように舞って谷底に落ちてゆく。暫《し
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