。そのうちに、こちらの立合《たちあい》は、一方が焦《じ》れて小手《こて》を打ちに来るのを、得たりと一方が竹刀を頭にのせて勝負です。
「お頼み申します」
 勝負が終えて気がついた門弟連が、こちらから無遠慮《ぶえんりょ》に首を突き出して見ると、お供の男を一人つれて、見事に装《よそお》うた若い婦人の影が植込の間からちらりと見えました。
「拙者《せっしゃ》が応対して参ろう」
 いま立合をして負けた方のが、道場から母屋《おもや》へつづいた廊下をスタスタと稽古着《けいこぎ》に袴《はかま》のままで出てゆくと、
「安藤さん、若い女子《おなご》のお客と見たら臆面《おくめん》なしに応対にお出かけなすった」
 皆々笑っていると、
「ドーレ」
 安藤の太い声。ややあって女の優《やさ》しい声で、
「あの、手前は和田の宇津木文之丞《うつきぶんのじょう》が妹にござりまする、竜之助様にお目通りを願いとう存じまして」
「ハハ左様《さよう》でござるか」
 姿は見えないけれども、安藤がしゃちほこばった様子が手に取るようです。
「その若先生はな」
 いよいよ安藤は四角ばって、
「ただいま御不在でござるが」
「竜之助様はお留守
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