た道場であります。いつでもこの道場に武者修行の五人や十人ゴロゴロしていないことはないのでありましたが、今日はまた話がやかましい。
「お聞きなされましたか、昨日とやら大菩薩に辻斬《つじぎり》があったそうにござります」
「ナニ、大菩薩に辻斬が……」
「年とった巡礼が一人、生胴《いきどう》をものの見事にやられたと甲州から来た人の専《もっぱ》らの噂《うわさ》でござりまする」
「やれやれ年寄の巡礼が、無残《むざん》なことじゃ」
「近頃の盗人沙汰《ぬすびとざた》と言い、またしても辻斬、物騒千万《ぶっそうせんばん》なことでございますな」
「左様《さよう》、なにしろこの街道筋《かいどうすじ》は申すに及ばず、秩父《ちちぶ》、熊谷《くまがや》から上州、野州へかけて毎日のように盗人沙汰、それでやり口がみな同じようなやり口ということでございます」
「いかにも。それほどの盗賊に罪人は一人もあがらぬとは、八州の腹切《はらきり》ものだ」
「それにしても、この沢井村|界隈《かいわい》に限って、盗賊もなければ辻斬もない、これというも、つまり沢井道場の余徳でありますな」
沢井道場で門弟食客連がこんな噂をしているのは、前
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