蒼《まっさお》になったのを、七兵衛は心地《ここち》よげに、
「そんなに驚くことはねえ、恥と言ったって、なにもお前さんを弄《なぐさ》み物《もの》にするわけじゃねえのだ、おれは子供の時分から虫のせいで、善い事にしろ悪い事にしろ仕返しをしなくっちゃあ納《おさ》まらねえ性分《しょうぶん》だ、それでさきほどのお礼にやって来たわけだが――実はお内儀さん、少し手荒いかも知れねえが、お前さんを裸《はだか》にして……」
「えッ?」
「お前さんに裸になってもらって、それをわっしが痛くねえように縛って上げるから、それでもってお内儀さん、先刻《さっき》わっしがお松と一緒に抛《ほう》り出されたお店の先へ明日の朝まで辛抱《しんぼう》して立っていてもらうんだ。いいかえ、暁方《あけがた》になったら人も通るだろう、そうなるといいお内儀さんが素裸《すっぱだか》で立っているのを見過ごしもできめえから、何とかして上げるだろう、お淋《さび》しくもあろうが暫《しば》しの辛抱だ、幸いここに二歳《にさい》がいる、こいつをお伽《とぎ》に……」
「お助け下さい――」
 二人は声を合せて号泣《ごうきゅう》する――そのあとはお滝がひいひいと悶《もだ》え転《ころ》ぶ音。

 七兵衛は変った盗賊です。
 この物語の最初以来、甲州から武州、ならびに関八州を荒し廻った盗賊というのは大方はこの七兵衛の仕業《しわざ》でした。
 七兵衛は盗みの天才で、子供のうちからすでに大人の舌を捲《ま》かしたものです。
 十か十一の頃でもあったろう、同じ青梅の宿《しゅく》の名主《なぬし》の家に雇われていた時分、主人の物をはじめ近所あたりの物をちょいちょい盗みます、盗んでどうするかといえば、直ぐにそれをほかの子供らにやってしまう。親たちが見つけてこれは誰に貰ったと聞けば、七ちゃんに貰ったと答える。それから七兵衛の泥棒根性と、その手腕はようやく世間の認めるところとなって問題になりかけた時に、主人が七兵衛を呼びつけて、
「お前はよくねえ癖がある、今のうちは子供で済むが年を取るとそうはいかぬ、その癖をやめろ、やめねえけりゃこの家を逐《お》い出すからそう思え」
「旦那様、俺《おい》らは何か見ると盗みたくなってたまらねえ、盗んでしまえば気が済みます、だからみんな子供にやっちめえます、悪い気で盗むじゃねえから、どうか堪忍《かんにん》して下さい」
「あきれた野郎だ
前へ 次へ
全73ページ中41ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング