当ると保証も致さぬ代り、きっと外《はず》れると請合《うけあ》いも致さぬ。愚老は卦面《けめん》に現われたところによりて、聖人の道を人間にお伝え申すのが務め、当ると当らぬとは愚老の咎《とが》ではござらぬでな……」
 仔細《しさい》らしく筮竹を捧げて、じっと精神《こころ》を鎮めるこなしよろしくあって、老人は筮竹を二つに分けて一本を左の小指に、数えては算木をほどよくあしらって、首を傾けることしばらく、
「さて卦面《けめん》に現われたるは、かくの通り『風天小畜《ふうてんしょうちく》』とござる、卦辞《かじ》には『密雲雨ふらず我れ西郊《さいこう》よりす』とある、これは陽気なお盛んなれども、小陰に妨《さまた》げられて雨となって地に下るの功未だ成らざるの象《かたち》じゃ」
 老人は白髯《はくぜん》を左右に振分けて易の講釈をつづけます。
「されども、西郊と申して陰の方《かた》より、陰雲盛んに起るの形あれば、やがて雨となって地に下る、それだによって、このたびの試合はよほどの難場《なんば》じゃ、用心せんければならん。が、しかし、結局は雨となって地に下る、つまり目的を遂《と》げてお前様の勝ちとなる、まずめでたい」
 それから老人は易経《えききょう》を二三枚ひっくり返して、
「めでたいにはめでたいが、また一つの難儀があるで、よいか、よく聞いておきなされ。象辞《しょうじ》にこういう文句がござる、『夫妻反目、室を正しゅうする能《あた》わざるなり』と。ここじゃ、それ、前にも陽気盛んなれども小陰に妨げらるるとあったじゃ、ここにも夫妻反目とあって、どうもこの卦面には女子《おなご》がちらついている」
 門弟連はまた興に乗って、妙な面《かお》をして老人の講釈を聞いていると、
「細君に用心さっしゃれ、お前様の奥様がよろしくないで、どうもお前様の邪魔をしたがる象《かたち》じゃ。夫妻反目は妻たるものの不貞不敬は勿論《もちろん》なれども、その夫たるものにも罪がないとは申し難い。で、細君をギュッと締めつけておかぬとな、二本棒ではいけない……」
 これを聞いて門弟の安藤がムキになって怒り出しました。
「たわけたことを申すな、二本棒とは何じゃ、先生にはまだ奥様も細君もないのだ。若先生、こんなイカサマ売卜《うらない》を聞いているは暇つぶし、さあ頂上に一走り致しましょう」
 これに応じて、若干の茶代と見料《けんりょう》とを置
前へ 次へ
全73ページ中21ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング