りますよ」
と一行のうちの一人がいう。
「人間はある意味に於て迷信の動物といえるかも知れません――事実ドコまでが迷信でドコまでが正信《しょうしん》だか人間の力でわかったものではありますまい」
とまた一人がいう。
「飛んでもない事、迷信は我々を無智と野蛮に送り返すが科学は我々をして今日の文明と未来の進歩を仰がしめる」
 また一人が抗議をつづける。
「だがしかし、科学を押し立てて迷信を排斥すると人間はまた科学そのものへ迷信を結びつけなければおかない、どっち道、人間は迷信の動物ですよ」
 二人目のが取りすましていう。
「科学へ迷信を結びつけるというのは有り得べからざる事だ。有へ無を結びつけるように火と水とを混合せしめるように、これは成すべからざる事だ」
「しかし人間はその為《な》すべからざることを為さずにはおらないのがオカしいじゃありませんか……たとえば此処《ここ》に医学博士がある、その医学博士の門に診療を乞うものは博士の有する科学と技術とを信じて求めるのではない、博士という学位に迷信を置いて来るのだ、だから廿分間で素人にも楽々と通読の出来る論文を書いた博士でも博士その名前が迷信の的となり得
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