のみが決してあの小説の主人公ではないと著者もいっていました」
「Tsukue があの小説の主人公でないとすれば誰が主人公なのですか」
馬上の旅人に向ってこの質問を提出すると旅人は迷惑そうに、
「私は原著者ではありませんから誰がどう入り組んでいるか知りません。ただ、Tsukue だけが主人公ではないということを聞きました、多分、著者は個々の人物を主としないで全体の作意というものを主としているのでしょう」
こういいながら馬から下り立って一行と共に歩き出しました。
「実際、あの男の頭は少し変です――偶然の出来事にも何か必然の意味を持ちたがり、因果応報の存在を信じ輪廻転生《りんねてんしょう》を信じ勧善懲悪《かんぜんちょうあく》が自然の理法なりとして疑わない位ですから、まあ、一種の迷信家でしょうな、ごく頭の古い男です、されば大震災の時も浅草の観音堂が焼け残ったのを無意味に見ることが出来ない一人でした、近代学者の冷笑を買うには申分のない資格に出来ているようです」
と馬上から下り立った旅人は、またしても小説の著者の棚下ろしにかかりました。
「迷信も厄介《やっかい》だが、科学万能の尊大ぶりにも困
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