た。
「戯作者――徳川時代の通人、粋客、遊蕩児《ゆうとうじ》といったような半面を持っている男ですか」
「そうでもないのです、今もいった通り多摩川の岸で船頭や粉挽をやっている位の男ですからいわゆる通人という部類の男ではありますまい――遊戯思想ということをもう少し厳粛に考えているかも知れません」
「ところであの小説の中の Tsukue が主人公なのですか――よくあの男の性格をニヒリストだというのを聞きますが、して見れば著者は一種のニヒリズムをあの小説の中で歌っているのでしょうか。」
とAなる青年がいう。馬上の旅人がそれに答えて、
「ある読者が著者に向ってこういって来たそうです――もしも Tsukue に浅薄な改心の仕方をさせ、なまじいな善人とし、結末を仏門にでも帰せしめて大団円というような事にしたら、ただでは置かない――と。読者はあれをあのままで興味に見ているのですね、善悪は超越してあの性格そのものを珍らしがっているようです――ニヒリストといえるか知らん、しかし著者はあれで真面目な宗教信者ですから一種のニヒリズムを鼓吹讃美する意味で、あんな性格を示しているのではないと思います。Tsukue
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