の代物《しろもの》です、その技術に於てはあの著者も多少の手腕を持っているようですが、その他の事は問題になりませんよ」
「いや、それは酷だ、君はまだあの作物《さくぶつ》を通読していないか、そうでなければ読んでいながら理解するだけの頭がないのか、そうでなければ相当にわかっていながらわざと誣《し》うるものだ」
 ここで一行が意外にも、かりそめの論評の火花を散らす。
 その時、最初の馬上の旅人が軽く仲裁の任に当りました。
「実は、僕もあの小説の著者を知っているのですが、あれはわからずやの一種の変人で、決して諸君の問題になるような代物ではありません……今おっしゃる通りの芸術家でも何でもない、いわば戯作者で当人も大凡下々《だいぼんげげ》の戯作者と称して喜んでいるような始末ですよ」
「え、あなたは、あの小説大菩薩峠の著者を御存知なんですか」
 Cなる青年が馬上の人を仰ぐ。
「知っていますとも――現にこの峠を越した多摩川の岸で船頭か粉挽をやっているはずです」
「そうですか――それはどうも意外でした」
 そこで裂石の雲峰寺を出た紳士青年商人学生取り交《ま》ぜの一行が改めて馬上の人に注意することになりまし
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