人も、学生もある一行が現われて、いつか、その旅人の馬をからんで峠路を登りながら話なじみになる。
「あの中に、清澄の茂太郎というのがいるのを御存知ですか……般若《はんにゃ》の面《めん》をかかえて絶えず出鱈目《でたらめ》の歌をうたっている子供」
「そうそうそんなのがありましたね」
「あなたは、あの茂太郎の歌を面白いとお思いになりませんか」
「そうですね、読んだ時は変った歌だと思いましたが、よく覚えてはいません」
「あの歌があれが大変なものですよ」
学生のうちの一人、特に思入れがあって七分の感歎に三分の余情を加える。
「大変とは、どういう意味に……」
とBなる青年が振り返る。
「いけない、もう一度、君はあの歌を読み返して見なくちゃ――とにかく、あの歌が大変なものだということだけを頭に置いて、もう一ぺん読み返して見給え」
路《みち》は小流をいくつも越えて雑木林に入る。
「あの小説の著者は、あれで多少は科学の何者、芸術の何者であるかを知っているでしょうか」
「戯作《げさく》、つまり昔の草双紙《くさぞうし》――草双紙に何があるものですか、ただその時、その時を面白がらせて、つないで行けばいいだけ
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