が熊沢大菩薩――さあ事実上、どちらが本当の大菩薩峠の頂上かといえば、あちらの熊沢大菩薩がそれでありますが、名分上の頂は此処であります、ここに近代までの物々交換のあとがありました、妙見のお堂も近年まで此処にあったそうです、また昔しは此処に長兵衛小屋というのがありましたそうです」
 此処へ来ると制服の学生が一行の東道となってしまいました。
 自然、今までの宗教、科学、芸術等の混乱が一時にやんで学生の謙抑な案内ぶりに一同が聴従する。
「長兵衛小屋というのは何ですか」
「それは、此処に小屋をこしらえて木こり山がつをやって住んでいた男だそうですが兼業には追剥と人殺しもやったそうです」
「それは物騒《ぶっそう》だ」
「時に机竜之助が巡礼を斬ったのは何処ですか」
「誰か知っている者はありませんか」
「それは無論此処でしょう熊沢ではありますまい」
「猿が大木から上下して、いたずらをしたように書いてありましたな」
「さよう」
 一行が頭上を見上げるとその辺には水ナラ、榛《はん》の木、栗、白樺、古カンバ等の大木があります。
「どうですこの辺で一ぱいやりましょうか」
「いっそ、あの熊沢大菩薩までお出になって
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