、ゆっくりとお休みになっては、いかがですあそこの方が展望が利きます、それにまた、あれまでの道中がなかなか見物でございますから」
「ではそういう事に」
一行は開きかけた用意の行厨《こうちゅう》を荷って、いわゆる萩原大菩薩峠の頂から熊沢大菩薩の間の尾根を歩き出す。
制服の学生がいつも謙抑の態度でその案内者です。
「こりゃあ素敵だ」
この道は、さして骨の折れないカヤトですから一行はあたかも遊散気取りで悠々と歩んで周囲の山巒《さんらん》のただならぬ情景に見恍《みと》れるの余裕が出ました。
「どうですこのなだらかなカヤトのスロープと、あのクラシックな立木の模様、さながら古土佐の絵巻物をひろげたようなのんびり[#「のんびり」に傍点]した趣《おもむき》をこの峠の上で見出そうとは思いかけませんでしたよ」
「この大菩薩の嶺からあの天狗棚山までの間の西側のスロープは、その温雅な美しいながめに於て大菩薩に来るほどの人を心酔せしめる処のものであります、この辺を俗に姫の井というのは、どういういわれか知りませんが御覧なさい富士桜が咲いています、ここにこんな美しい清水が滾々《こんこん》と湧いておりますよ」
前へ
次へ
全17ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング