はもとより完全であったでしょう、学者がそれを守り、それと運命を共にするの高尚な犠牲心が浅草の観音を守る市民と同じように行かなかったのは何故でしょう、これは千秋《せんしゅう》の恨事ではありませんか……」
一行は黙々として、この胆汁質の脊広の雄弁を聞き流している。
「学者がその宝庫を尊重すること市民が観音を信仰するほどの熱があったなら、あの図書館は亡びずして済んだでしょう……無論我々はこの一例を以て科学は亡び信仰は残るなんぞと高言したがるものではありませんが、その信と熱と力とは、たとえそれが迷信であろうとも正信であろうとも、その由って来る処を、ずんと奥深く考えて見る必要があると思います――」
一行はなお黙々としてこの胆汁質のいう処を聞き流して蟻のように上って行くうち、
「皆さん此処《ここ》が萩原大菩薩の頂上ですよ、大菩薩峠にはいわば二つの頂上があって、これが甲州方面の一つであります」
真先に群を離れて進んだ制服の学生が峠の頂に立って叫びました。
「御覧の通りここが大菩薩の一つの頂上であります、これから見渡す処の長尾、榛《はん》の木坂《きざか》、姫の井といった処を通って向うに見ゆるあれ
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